「努力」にどんな印象を持っていますか?
「努力」ということばにはさまざまな印象があると思います。
ポジティブなものだと「努力は美しい」「努力あっての成功だ」「努力は裏切らない」。一方でネガティブなものは「努力より結果だ」「努力を言うのは失敗の言い訳だ」「努力しなきゃいけないのは楽しくない証拠だ」。
ぼくは努力をポジティブに感じています。体育会的な環境で育ったこともあり、努力は美しいとさえ思ってしまいます。古い人間なのかもしれません。
努力について語れる場をつくる
仕事に限らず、生活していれば何かしらの努力をしています。でも仕事では結果のみ求められることが多く、努力について語れる機会は少ないかもしれません。
ぼくは朝のチーム朝会で、うまくいった・いかないに関わらず、メンバーの「努力」を聞いています。理由は単純で、ぼく自身が「自分なりに努力したことを人に知ってほしい」からです。うまくいった・いかないという上辺だけをさらって終わりにしてほしくない。だからぼくもメンバーの努力を聞きたいし、チームで共有したいし、チームで努力を讃えたいのです。
仕事がうまくいかなくても、自分なりの努力を知ってもらい、労ってもらうことで、努力は無駄じゃなかったと救われます。やり方はまずかったかもしれないけど、自分なりに精一杯やれたと思える。そう思えることで「じゃあ次はうまくいかせるためにがんばってみよう」と意欲も湧いてきます。次の行動に向けた力になるのです。
「私が行った意味あったのかなあ」
先日、あるメンバーが仕事で外出して戻ってきてから独り言を言っていました。
「私が撮影に立ち会った意味あったのかなあ。忙しいのに呼ばれたから行ったんだけど、意味あったのかなあ」
他部門から呼ばれて新商品の撮影のアドバイスをしたのに、相手の反応がなく、自分が役に立ったのかわからないというのです。
「おつかれさまでしたね。今日はどんなことしたの?」
「新商品撮影だったんです。商品のアングルが変だったのでアドバイスしました。現場にいた人がほぼ素人だったんですよね。他にも段取りがおかしいと思ったので言って直してもらったんです。私なりに一生懸命やったんですけどねえ」
「おかしいところに気づけて直せたのはよかったじゃないですか。相手の反応はどうでした?」
「特に感謝されるでもなく、あたりまえのように撮影が進んでいったんです。せっかく行ったのに意味あったのかなあって思って」
「いやいや、ほっといたらとんでもない撮影になってたと思うよ。知見を活かした撮影ができてよかったよ。忙しい中、他部門のサポートしてくれてありがとう」
「そう言っていただけると報われます。そうですよね、あのままだったらちょっとWEBにあげられないです。行ってよかったです。なんか気持ちが軽くなりました」
こうして、そのメンバーは気持ちよく次の仕事に取り組むことができました。
自分なりの努力は尊い
仕事の中には「自分なりの努力」がたくさん詰まっています。そしてその努力は、次への意欲の源になります。
小さな努力、大きな努力、難しい努力、簡単な努力、ぜんぶ大事です。自分なりの努力に正解・不正解も優劣もありません。
結果だけを見ていると、努力は「言い訳」になってしまいます。でも、努力のプロセスを聞いて認めてあげると、それは「次への力」に変わります。
マネージャーにできることは、メンバーの「自分なりの努力」を聞く場をつくること。そして「ありがとう」と伝えること。それだけで、メンバーは次の仕事に前向きに取り組めるようになります。
「自分なりの努力」を聞いて、次への意欲につなげよう。
努力は結果に関わらず尊いもの。聞いてもらえるだけで、人は救われます。
